Saturday, March 14, 2020

おすすめ新作ブラジル映画『Bacurau』

今回はカンヌ受賞作の新しいブラジル映画『Bacurau』をご紹介します。

昨日、めちゃくちゃいい作品を見ました。ブルックリンのBrooklyn Academy of Music (BAM)という、オペラや舞台上演や映画上映をする立派な老舗のアートベニュー。作品名(ポルトガル語)はBacurau(バクラウ)、日本語の意味はなんと、よだか!そう、あの宮沢賢治の「よだかの星」のよだかです。それだけでも、日本人の心にグッときちゃいます。小学校4年生のクラスの文化祭で劇もやり、私は星2か星3か星4の役だったと思います(笑)。ブラジルの2019年のインディードラマ作品で、監督は Kleber Mendonça Filho(クレベール・メンドンサ・フィリオ)と Juliano Dornelles(ジュリアノ・ドネルス)。カンヌの審査員賞(パルムドールは「パラサイト」が受賞)をとった作品です。日本にも来そうな気がするので、シェアします。
Bacurau, borrowed from www.simbasible.com


舞台はブラジル北東の架空の小村バクラウ。IMDbの短いあらすじをざっと訳すと、「近未来のブラジルで、テレサは 村の長老だった祖母の葬式に参列するため、生まれ故郷の村に帰ってくる。そこで沸き起こる一連の不吉な事件に、住民達が立ち上がる。」これではよさが伝わらないのだけれど、まずは近未来性。映画の最初の頃に出てくるテロップで、舞台は数年後のブラジルであることがわかる。そう、数年後。バクラウの住民は、先住民とポルトガル人とアフリカから連れてこられた奴隷の血が入り混じった、本当に色とりどりの人たち。肌の色も髪の色やキンキーさも、その雑多感は見事で魅力的。褐色でアフロヘアのテレサは科学者、白い肌で直毛の老女医は亡くなった祖母の友人、カウボーイみたいなギター弾きもいれば、小さなバーを経営する母と息子もいるし、ギャングの総長っぽいお尋ね者の殺人鬼もいる。村外れにある売春小屋の娼婦やトランスの一座も、必要なサービスを提供する労働者として村の面々の雑多感にすっぽり溶け込んでいる。心なしかサチュレイトされた映像は、肌が生々しく匂ってくる様な質感で、しかも西部劇とサイエンスフィクションの混じった何とも言えない雰囲気を漂わす演出が実にうまい。ネタバレを避けたいのであまり言えないけれど、その村の面々と全く対照的に描かれるもう一つのグループがいて、そいつらの多くは世界中の視聴者になじみのある顔をして、馴染みのある言語をしゃべっているのだが、この作品の中ではそれが異様に見え異様に聞こえるようにうまく描かれている。この一団が悪者で、村に不吉な事件を巻き起こす。もう一人登場するのが、州知事か市長か忘れてしまったけど、土地の有力者で政治家。ダムを止め、村に水が来ないようにした張本人で、村人たちに憎まれているブラジル人。つまり、これから数年後のブラジルという近未来の設定で、人種差別・自然資源の悪用・少数部族の虐殺など、現実のブラジルが抱えてきたネオコロニアルの状況を、見事に描いている。

サードシネマ*の授業とその準備を通じて、ブラジル映画をけっこう見てきたが、その幅の広さとイマジネーションの大きさには脱帽する。CIAの力添えでクーデターを起こした軍事独裁政権下の6070年代に作られた傑作の多くが、検閲を逃れるために、宣教師がやってきた16世記の人食い先住民(フランス人を食べちゃう)の村を描いたり、ヨーロッパからの植民者に尽くした“模範的”な先住民女性の民話になぞらえたりして、当時の政権を批判している。この作品も、近未来フィクションの設定を通じて、(ある種のクーデターを起こして)昨年1月から大統領に就任しているボルソナロ(女性・LGBTQIA+・先住民・黒人差別者で、西側諸国の石油会社や木材会社を優遇する資源開発推進派と言われている)と、オリガーキーと呼ばれる国の政治と資源を牛耳る少数の富裕層、そしてそこから利を得ようとする西側の白人を批判しているのは明らか。しかも、この小村の雑多で色とりどりな労働者層の人々こそが追い詰められる本当のブラジルで、これまで同じように追い詰められ人知れず虐殺されてきたであろうブラジル先住民への共鳴も表現していると、私には見えた。そして人物像や映像に、過去の映画へのトリビュートも見られた気がする。テレサを乗せた水タンクのトラックが街道を爆走するシーンは『イラセマ(Iracema, Uma Transa Amazonica』を彷彿とさせたし、オープニングの夜の街明かりのシーンではパトリシオ・グズマンの『光のノルタルジア』(これはチリ人のドキュメンタリー作品)&のエンディングを思い出した。お尋ね者殺人鬼のLungaも、きっと他の映画にモデルがいるはず。テレサのお相手役の男性は、たぶん関係ないけれど、『サラームボンベイ』のババ役にそっくりだ。そんなことには全くお構いなく、ただの映画としてもストーリーも作りも痛快で娯楽性もバッチリあるのだが、今のブラジルの現状を考えながら見られたら、きっとさらに感銘を受けるのでは、と思いマス。

*サードシネマとは、革命のラテンアメリカで60−70年代に沸き起こった映画のムーブメントかつ理論で、ハリウッドをファーストシネマ、ヨーロッパのアート映画をセカンドシネマと捉え、その2つに対抗しながら別の形で存在しうる映画のあり方を模索したもの。80ー90年代にUCLAでマイノリティに自己表現としての映画制作を教えていたエチオピア人の教授Teshome Gabrielにより理論として復活され、米英の黒人監督やアジア系監督にも大きな影響を与えた。

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